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武蔵野大学数理工学科 〜なぜ今数理工学科なのか?〜

薩摩 順吉



本年4月、武蔵野大学に工学部数理工学科が開設されました。定員60名の学科ですが、無事新入生も確保でき、専任教員9名で教育を始めました。武蔵野大学は1924年に築地に開設された武蔵野女子学院をその礎とし、ながく西東京市の武蔵野キャンパスで、武蔵野女子大学として文学部のみの教育機関として存続していましたが、2003年に武蔵野大学となり、翌年の共学化以降急速に拡大しました。薬学部、看護学部、環境学部、教育学部などが開設された後、2012年に新設された東京都江東区の有明キャンパスに、環境学部を基礎とした、環境システム学科・数理工学科・建築デザイン学科からなる工学部が立ち上がりました。

設立趣意書を引用すると、数理工学科は「数理工学の専門能力を身につけ、持続可能な社会構築に向けて主体的に参画する人材、例えば自然現象や社会現象をモデル化して理解し、システム設計に応用することができる人材や、蓄積されたデータ同士の相関関係などを分析し、問題の本質を捉えた上で課題解決できる人材(データサイエンティスト)を育成する」ことを目的としています。

もう少し詳しく述べると以下のようになります。高度情報化社会では、多くの要因が互いに関与して社会現象が複雑化していきます。また、自然科学でもより複雑なメカニズムが見いだされ、応用への期待が広まってきています。持続可能な社会を構築するためのさまざまな課題を解決していくには、社会現象や自然現象を数理モデルとして理解し、そのモデルから導かれる結果を産業や社会のシステム設計に応用できる能力が必要となります。また、社会のあらゆることがデジタル化され、膨大な量のデータが蓄積されている現代において、蓄積されたデータ同士の関連を明らかにし、問題の本質を捉えて社会に有用な結果を導き出すことが重要です。しかし、日本ではこうした分野の研究者、技術者が圧倒的に不足しているといわれています。上記のような人材は、前提となる基礎教育をもとにして、与えられた課題を表面的に解決するのみならず、背後に内在するより深い問題を見いだし、意味のあるモデリングやシミュレーションを行う能力を身につけることが必要となります。

私自身、ちょうど半世紀前に数理工学科(京都大学工学部)に入学し、その後の教育・研究に大いに役立った有意義な学生生活を過ごしました。1995年に数理工学科はなくなり、情報学科数理工学コースとなりました。仕方のないことかもしれませんが、少々残念な気がしています。私が学生の頃は、コンピュータが研究機関や大学で使われ始めた時期です。まだ一般家庭にパソコンは普及でしていません。学生実験で使用した言語は機械語、容量は1キロバイト。それでも2千万円するコンピュータと聞いています。同級生の多くはさまざまな企業のシステム開発部門に勤めました。コンピュータ普及の先達となったわけです。当時は第三次産業革命の時代といわれることがあります。蒸気機関をもとにした第一次、電気をもとにした第二次に続き、コンピュータをもとにした第三次というわけです。とくに生産工程の自動化が進み、産業基盤のあり方が大きく変化しました。教育もそれに即したものでした。数理工学科を立ち上げる際、電気、機械、航空といった工学部サイドの先生と数学、物理といった理学部サイドの先生が一緒になって教育を担当しました。産業を支える工学とその基礎となる数学、物理を身につけるというのが教育理念であったに違いありません。

それから半世紀経過した現在、状況はどう変わったでしょうか。コンピュータは一般家庭に入り込みました。大学ではほぼすべての学生がスマートフォンを使っています。講義の際、私は「皆さんは昔のスーパーコンピュータ以上のマシンを持っている。膨大な情報を単に手に入れるだけでなく、本物の情報を手に入れる力を身につけよう。」と主張しています。コンピュータは生産工程の自動化にとどまらず、ネットワークを介した工場内外のものやサービスの連携にも用いられてきています。また新しい数理モデルの構築や、大規模データの処理によって、さまざまな社会問題の解決が図られようとしています。こうした展開を第四次産業革命という人もいるようです。

このような時代に数理工学はますますその重要性を増しています。教育の基本は同じです。数学や物理を基礎とする点は変わりませんが、その中身は変化を要求されます。とくに離散を意識した内容が大切になると考えています。専門科目として、電気や機械などにとどまらず、生態系、社会科学などさまざまなシステムを学ぶ必要も出てきました。また統計の重要性も増しています。新しい数理工学科では、そうした点を意識した教育体系を組みました。

学科の基礎科目としては、1、2年次に『数理工学入門』『数理工学概論1』『線形代数1、2、3』『微積分1、2、3』『微分方程式1』『ベクトル解析』『複素解析』の11科目を必修科目として開講し、『数学演習1、2』『情報処理』『アルゴリズム』等の選択科目7科目とあわせて、専門的な学習を進めるための数理の基礎および数理工学の概論を学び、全体像を捉えることを目標としています。学科の基幹科目としては、2、3年次に数理工学の核となる理論を修得するために、『数理工学概論2』『確率・統計』『基礎物理1、2』の4科目を必修科目として開講し、『数理工学実験1、2』『最適化理論』『システム工学』等の選択科目を20科目開講します。さらに、学科の展開科目として3、4年次に分野に特化した12科目を開講し、『プロジェクト1、2』『データベースと情報管理』『離散数理工学』『確率数理工学』『環境・エネルギー工学』等の発展的な内容を学びます。卒業研究については、3年次の『数理工学研究1、2』、4年次の『数理工学研究3』、4年後期の『卒業研究』を必修としています。これらの科目の中で、離散数理工学、確率数理工学という科目は今までにない新しいものになることを期待しています。

工学部数理工学科は臨海副都心の国際展示場の近くにありますまた周辺には産業技術総合研究所をはじめとする多くの研究機関もありますこの地の利を生かして私たちは数理工学センターを立ち上げ国内外への数理工学情報の発信の地とすることにしました英語名はMusashino Center of Mathematical Engineering です年に何回かのセミナーMCME Seminarを開催するとともにシンポジウムも計画しています

こうした活動は、日本応用数理学会の会員の皆様だけでなく、応用数理関係者のご協力なしにはできないものです。ご支援のほどよろしくお願いします。



さつま じゅんきち
武蔵野大学工学部数理工学科
[Article: D1412A]
(Published Date: 2015/12/18)