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学会ノート

伊理正夫先生追悼特集(3):伊理正夫先生のご指導

杉原 厚吉



私は伊理先生の指導のもとで卒論研究,修論研究を行ったが,当時は伊理先生の偉大さにまったく気づいていなかった.そもそも,私が最初に指導を希望したのは,別の先生であった.東大工学部計数工学科数理工学コースに在籍していたとき受けた講義の一つが「数理音声学序説」というご本人の著書を教科書に使った最年長教授の講義であった.そこでは,世の中の多くの現象が4つの次元で記述できるという説が展開された.空間の3次元+時間,色の3原色+明度,母音の3フォーマット+子音などである.それに心酔した私は,その先生の説を解読することを卒論テーマにしたいと思い,部屋を訪ねた.しかし,君の卒業より前に定年を迎えるから指導はできないと断られた.東大は,私が2年生の時に全学ストに入り,ほとんど1年間授業がなかった.そのため,学年進行が遅れ,少しずつ取り戻しはしたものの学部の卒業は5年目の6月末であった.一方,その教授は,それより3か月早い3月末が定年であった.あきらめきれない私は,その教授が担当していた言語工学講座の助教授につけば同じような指導が受けられるだろうと安易に考えて,指導をお願いした.それが伊理先生だったのである.

さっそく卒論でこんなことをしたいという研究計画をレポートにまとめて提出した.翌日,そのレポートが返ってきたが,そこには,赤で「これは科学的推論ですか」と書かれていた.これを読んで,目が覚めた.このときが,私にとって科学とそれ以外のものを区別しなければならないことに気づいた,というか気づかせていただいた最初であった.

卒論・修論時代にいろいろ教えていただいたが,その一つは不変量の大切さである.許される座標変換に対して不変なものだけが本質的に重要な意味をもつのであって,そうでないものに惑わされてはいけないという教えである.たとえば,単位の次元が異なる物理量を変数とする多変数関数を最適化するとき,最急降下の方向は意味をもたない.なぜならメートルかセンチメートルかなど単位の取り方を変えると(すなわち座標を変換すると)最急降下方向は変わってしまうから.この種の話を研究室輪講や雑談の中でたくさん聞かせていただいた.ただ,聞けば納得できる話なので,これが他ではなかなか教えてもらえないことだということに気づいていなかった.当たり前のように聞き,当たり前のように吸収してきたが,今思えば大変贅沢な環境だったと思う.

私は,修士を出てから13年間,外で研究生活を送ったところで,伊理先生の研究室へ助教授として呼んでいただいた.13年ぶりに研究室へ戻ってみると,そこには常識に反する数理的知見がゴロゴロ転がっていた.有限の精度で計算しても厳密に正しい結論が出せる世界を作ることができる(Khachiyanの楕円体法),浮動小数点表示で計算してもオーバーフローが絶対に起こらない世界を作ることができる(松井・伊理のあふれのない浮動小数点表示方式),多変数関数の偏微分を高速に計算できる(久保田・伊理の高速自動微分法),などである.

これらの知見を自分が取り組んでいる問題に適用するだけで,新しい研究ができてしまう.有限精度で計算しても破綻しない幾何計算などである.私にとって大変幸せな環境であった.

伊理先生は,私よりも公を重視されたことも印象に残っている.工学部長をされていた時,先生のお父様が亡くなられた.そのときたまたま予定されていた工学部教授会をまわりからはどうぞお休みくださいと勧めたが,大切な人事案件があるからといって葬儀の日程を後ろにずらし,教授会の司会をされた.

伊理先生は言葉を大切にされた.ラテン語やエスペラント語を含む多くの外国語が理解できたという側面もあるが,日本語に限ってもその使い方をおろそかにしないという点では,厳しく指導していただいた.卒論,修論をまとめ原稿を作ってお見せすると,たくさんの赤が入って返ってきた.そこには,てにをははもちろん,句読点の使い方や単位の表記などの論文作法に関する細部も詳しく見て添削していただいたが,もっと大域的な論理の流れや概念そのものの導入の仕方なども教えていただいた.

たとえば私の修士論文は,2部グラフのDM分解理論を,対象とそれを指す言葉との対を集めたデータに適用することによって,概念の階層構造を抽出するというものであった.論文は書いてみたものの,グラフの構造と概念の構造を苦し紛れに結び付けたもので,これがサイエンスといえるだろうかという後ろめたさがあった.修士を修了して国立研究所に就職した後も,言語関係の研究会で伊理先生との共著という形で,この理論を発表する機会を作っていただいたが,発表のたびに後ろめたさを感じていた.あるとき,伊理先生がご自身の講演の中で,私の修論を紹介してくださった.しかし,その内容は,私が後ろめたさを感じながらそれまで発表してきたものとは別物であった.サイエンスになっていた.私の主張は,個人または社会全体での言語行動の背景にあらかじめ存在しているだろう概念の構造を取り出す手法であるというもので,その必然性を問われると答えに窮せざるを得なかった.一方,伊理先生の説明は,この方法で取り出したものを概念構造とみなそうという提案であった.つまり,この手法を使って概念構造というものを定義してしまうわけである.これなら必然性について聞かれることもなく,後ろめたさも感じないですむ.私の修論の内容が全く別のものに変わっていた.ものの見方,考え方,そしてそれを言葉と論理で表す方法をどのように選択するかによって,世界が変わることを教えていただいた.

その後,伊理先生の奥様から,「うちの主人は,あの話を聞いた杉原さんにはあきれられたかもしれない,と言っていたよ」と教えていただいた.あきれるなんてとんでもない.大変貴重な教えでした.

こんなわけで,言葉の使い方を通して,ものの見方,概念の導入の仕方,世の中の理解の仕方,それを人に伝える方法などをたくさん教えていただいたと思う.その後,私は言葉の使い方について二つの著書を書いた.「理科系のための英文作法」(中公新書)と「どう書くか」(共立出版)である.言葉の専門家でもない私などが,これらの本をどうしても書きたいという気持ちになってしまったのは,ひとえに伊理先生から言葉の使い方についてご指導いただいたおかげだと思う.なお,前者の本を伊理先生に謹呈したときには,「私見ですが」という前置きのもとで,その本にたくさんの赤が入って戻ってきた.

ここに,伊理先生のご冥福をあらためてお祈り申し上げます.



すぎはら こうきち
明治大学研究・知財戦略機構
[Article: K1809C]
(Published Date: 2018/10/20)