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書評

『回路理論』(大石 進一 著)

西 哲生



回路理論
大石 進一 著
コロナ社, 2013年

 

書名「回路理論」からは、(線形)抵抗、コンデンサ、コイルを回路素子とする「線形受動回路」を中心とした理論を想像したが、本書の目的は、非線形素子および集積回路素子(非線形能動素子)をも含む回路に対する回路解析全般の解説であり、これは著者の理論的であると同時に実践的な研究活動および「回路理論の神髄は工学と技術の総合芸術である電子回路の理論」という思いの表れである。「解析」を主としており、このことも著者の解析学に対する造詣と数値解析、特に精度保証付き数値計算の第一人者らしさによる。内容は、線形受動回路、電子回路、非線形回路、システム理論など多岐に亘るが、これらを「回路理論」という括りで纏めたユニークな書物である。

第1の特徴は、第1章において、電気の分野の最も基本的法則であるマクスウェル方程式から、集中定数回路の基本法則であるキルヒホッフの法則および電力保存則の原型の導出を試みていることである(電磁気学のいくつかの著書では簡単に触れられている)。ただしマクスウェル方程式がらみの話は第2章以降では現れないので、最初はこの部分は読み飛ばしても差し支えない。

第2の特徴は、最初から非線形素子やMOSトランジスタなどの非線形能動素子をも含む回路の解析を目指したことであり、また従来の「電子回路」「非線形回路」の著書と比べ基礎となる理論が明確に与えられている。理論的説明に加え、多くの数値例を挙げ、途中の計算も丁寧で理解し易く記述している。

内容をごく簡単に述べると、第2章の「線形抵抗回路」章では、抵抗、電源という2端子素子からなる回路について、その基礎となる「回路のグラフ」の基本事項を説明し、グラフ理論的解析による種々の方程式の立て方を説明している。最後に、線形受動回路の諸定理として、テレヘンの定理およびテブナンの定理を与えている。テブナンの定理は線形数学における重ね合わせの定理と実質同じものである。本書では実際の解析のためMATLABプログラムを用意しており、後の章でも同様である。

第3章では、非線形抵抗回路として、MOSトランジスタ(3端子素子)の特性およびそのモデル化を詳しく説明し、これらの素子を含む一般的解析法を与えている。その後、実用上重要なMOSFET回路(おなじみのCMOSによる論理回路も)、差動増幅器、演算増幅器という具体的回路についての解析法を40ページ以上を費やして詳しく説明している。

L,Cを含む線形回路の記述法として「状態方程式」があり、第4章ではこの方程式の変数の個数と選び方についてグラフ理論的説明を与える。またこの方程式の一般解を示す。非線形素子を含むダイナミック回路の状態方程式の初期値問題に対する解の存在と一意性の定理についても厳密な定理を与えている。この章でのもう一つの重要な内容として、線形回路の定常解をフェーザ解析から求め、インピーダンスの概念や共振回路の特性を導き、次いで、過渡解析についても触れている。

第5章の「フィルタ回路」(60ページ)では、線形回路の「合成問題」を扱っている。合成問題は「解析」の逆問題であり、与えられた特性をもつ回路をいかに実現するかに関する理論であり、線形回路では実用上最も重要である。まず回路のインピーダンス関数が正実関数であることを示し、逆に正実関数(特に正実奇関数)をインピーダンスとして実現する典型的合成法を説明している。さらに伝送関数の合成法について述べている。また能動フィルタについては、かなりのページ数を費やして代表的設計法を例題により要領よく紹介している。

第6章の「非線形回路ダイナミックスの解析」では、周期解をもつ非線形回路の解析に関するガラーキン法を紹介し、多くの場合ガラーキン法で解析可能なことを示唆している。また発振条件については、従来の必要条件より実際的なホップフ分岐議論による条件を説明しており、これは本書の大きな特徴の一つである。

以上の多岐に亘る内容を、非常に具体的な説明をしながら多くの数値例と共に255ページという中にうまく纏めている。また、多くの逸話(脚注や「コーヒーブレイク」の欄など)を織り交ぜ興味を引きつける。また章末問題は、本文に対する演習問題の他、多くの「発展問題」というのがあり、これは、読者に他の教科書等を読んで調べさせる問題である。例えば、ラプラス変換に関する記述は本文にはないが、発展問題として「ラプラス変換とは何か調べよ」などである。付録(33ページ)に必要な数学に関する情報が纏められており、大学初年時程度の線形代数と微分方程式に関する知識があれば、線形回路から先端の電子回路までを纏めて勉強出来るように書かれている。紙面の都合かもしれないが、回路の現象やインピーダンスなどについて、もう少し詳しく記述されていれば、なお良かったように感じる。しかしながら、それを補って余りあるほどの魅力を持った良書である。



にし てつお
九州大学 名誉教授
[Article: J1307C]
(Published Date: 2013/09/28)