坂上 貴之
「ICIAM2015 に参加して感じたことを“中堅の研究者”の視点から執筆するように」という編集委員会からの依頼について,引き受けはしたものの,翻ってどのような内容で報告するかを真面目に考えれば,それは結構難しいものであることがわかり,北京にいる間ずっと考え続けることとなった.というのも,筆者は既に過去4回ICIAMに参加しており,若手研究者のように,この会合がもたらす学問的刺激や熱気をフレッシュに語るには若干経験を積んだ感がある.一方で,シニア研究者のように幅広い学問的見識に立ってICIAMの全体像や意義について大所高所の議論をすることも簡単ではなさそうである.しかし,一週間の会期中,世界中の友人研究者との再会,また新しく知り合った多くの研究者との刺激的な議論などを経て,4年に1度のこの国際的な場を中堅研究者としてどう位置づけるかという観点であれば報告できると思うに到った.そのような次第で,以下では自らの経験した事柄の中から特に二つの観点を選び参加報告をしてみたいと思う.
応用数学研究のトレンドを探り,新しい価値観の創出を見据える
多くの大きな国際会議と同様にICIAMでも多くの基調講演が行われる.これらは応用数学研究の最先端を知る上で意義深いことは言うまでもないが,ICIAMにおいては応用数学という学問分野の性質上に関わる特有の意義があると感じる.つまり「応用数学研究」がカバーする学術分野や,それによって提供される学術的価値が非常に広範にわたり,また研究者も数学を始めとする理学系,工学系,企業の研究者と多様な学問的背景(disciplines)を持っているため,そもそも「何が問題」で「何が応用数学研究によって解決され」「どのような価値をもたらすのか」といったこともこれらの講演では示されるからである.そのため,基調講演は現代の我々が抱える諸問題の解決に向けて数学がもたらしうる新しい「価値観」を感じ取る重要な機会となる.
私も多くの基調講演を聴講した.その全てを紹介するのは誌面の制限から難しいので,ここではLagrange Prizeを受賞したAndrew J. Majda教授(New York大学)の講演を例にその様子を伝えてみたい.言うまでもないが,Majda教授は数学の関数方程式分野で顕著な業績を有し,国際的に本研究分野をリードしてきた数学者の一人である.その彼が「An Applied Math Perspective on Climate Science, Turbulence, and Other Complex Systems」というタイトルで講演するのだから,その内容には自然に期待が高まる.まず,講演の最初に「Modern Applied Math Paradigm」というスライドを表示し,それを使って「Rigorous Math Theory」を確かな基盤に据え,「Qualitative or Quantitative Models」と「Novel Numerical Algorithms」を両輪として,気象・気候現象という複雑な現象の理解(Crucial Improved Understanding of Complex Systems)を目指すという考え方(Paradigm)を提示.それに続いて,近年の教授の研究グループによる非常に膨大な数の研究成果が示された.その内容も多岐に亘り,数学解析・モデル・数値計算・データサイエンスなどの様々な数理科学研究にとどまらず,多くの気象学研究者との協働によって得られたものもあった.1時間の講演を聞いた後,地球気候変動という21世紀の人類的な課題に対して数理科学がどのようにアプローチしうるかについて,彼の最初に示したParadigmの一つの実現の姿をみる思いがした.
それだけではない,彼の講演を支えるように気候・気象の数理に関連する話題のミニシンポジウム(例えばMathematics of Climate I〜III)が企画され,彼の講演を中心として,本分野に多くの研究者が参加する国際的な研究コミュニティーが形成される姿を目の当たりにした.これは,筆者の今後の研究における研究動向や価値観を見定めていく上で大きな意義があった.
これまでの研究活動の国際的位置づけを総括し,今後へつなげる機会
今回,筆者はミニシンポジウムを3件企画した.1件はB. Ptotas准教授(McMaster Univ.)と流体方程式に現れる特異な解の挙動の数学解析・数値解析に関するもの.残りの2件はD. Crowdy教授 (Imperial College London)と複素解析の応用と計算に関するものである.彼らはともに,当該分野において勢力的に研究を行っている同年代の中堅研究者であり,過去5年間の筆者の研究活動の中で知己を得た共同研究者たちである.ミニシンポジウムでは,論文で名前しか知らなかった研究者を積極的に呼ぶことにした.また,参加者の出身国もイギリス,アメリカ,カナダ,アイルランド,サウジアラビア,スペイン,日本など幅広く選んだ.加えて,Crowdy教授とのミニシンポでは我々が中心になって現在推進しているApplied and Computational Complex Analysis(ACCA)に関する研究者の国際的コミュニティーの形成活動の一環としても開催した.
これらのミニシンポにおいてライブで行われた講演発表とFace-to-faceの活発な議論は有益であった.また,一週間同じ場所を共有し,何度も会っては活発に議論を重ね,お互いの最新の論文や共同研究に向けた意見交換,この先各国で行われる研究集会への招待や参加の打信など,これから4年先を見据えた自らの研究分野でのより大きな学問的・人的な研究基盤が形成できたことに満足した.
また,ミニシンポに限らず会場の中をこまめに移動していると,世界中の多くの友人と出会う.その機会を捉えて,気軽に約束をしてコーヒーブレークや昼休みに最近のお互いの研究について情報交換したり,現在進めている共同研究の方向について議論したりと忙しい毎日であった.こうした機会はリラックスした雰囲気で,普段の講演会では聞けない背後にある学問的背景なども聞き出すことのできるよい機会として使いたいものである.
まとめ
ICIAMは4年に1度の「祭典」なので参加するだけでも十分楽しいが,個々人が意志を持って積極的にICIAMに関わっていくことで,それぞれの研究フェーズに応じて得られるものはもっと大きくなることは間違いない.講演発表やミニシンポの企画を通じて,これまでの4年の自らの国際的な研究活動の成果やその学術上の価値について世界的な研究者コミュニティーの中で再確認できるし,関連分野の基調講演やミニシンポジウム,ここに参加する多くの世界からの研究者との議論や創発的な出会いを通じて,次の4年後に向けた新しい研究活動を見据えることもできる.私のような中堅研究者にとっては,個人研究から国際的な共同研究へ,そして国際的な研究者コミュニティーの形成とそれへの積極的関与(そしてその先に目指すべき新しい価値観の創出へ)と,これまでの4年と今後の4年を位置づけるマイルストーンとして重要な意義がある国際研究集会であると思う.
さかじょう たかし
京都大学 大学院理学研究科
[Article: G1508C]
(Published Date: 2015/11/02)