三井 斌友
8月半ばの北京は暑そうだし,また PM 2.5 を始め大気汚染は大丈夫かなど心配が先立つ第8回応用数理国際会議 (ICIAM 2015) であった。しかし,今夏の日本の酷暑の方が勝るとは,日本からの参加者が共通して感じたところであったし,また大気汚染についても,街頭でマスクをしている人々はほとんど見かけなかったので,ほっとした向きも多かった。もちろん日中戸外にいてはとても耐えられず,空調完備の会場・国家会議中心に逃げ込まないわけにはゆかないのも事実であった。それ以上に会議の学術的内容も``熱かった''というのが第一印象である。
筆者は ICIAM シリーズに初回 --- まだこの国際会議が我が国では殆ど意識されていなかった --- を除いて出席し,『応用数理』に何度も駄文を草してきたが,その経験から見ても今回は盛況であったと言える。そこには,中国応用数理学会を中心とする中国側主催者の「アジアで最初の ICIAM を北京で」の意味込みの反映を見て取ることができる。10日午前の開会式で,中国政府副主席・李 源潮 (Li Yuanchao) 氏の開会式辞で示された「応用数理の進展を通じて,他分野との協同を広げ,社会・経済の持続的発展を促進する」というテーゼがそれを物語っている。三千四百名に上った参加登録者はもちろん中国からが最大であったが,そのなかでも院生相当の若い参加者が熱心に聴講・質疑をしているのが印象的であった。
こうした大規模会議の特色の一つは,旧知の人々と久しぶりの再会を果たせることである。なかでも出色は,Martin Hairer 氏であった。現在英国 Warwick 大学に所属する氏は,ご存知と思うが昨年ソウルでの国際数学者会議 (ICM) でフィールズ賞をえた気鋭の数学者である。筆者は実は氏の父君 Ernst Hairer 氏(Geneve 大学)と長い交流があり,2002年6月Geneve を訪問した際には,ホームパーティに招かれ,その時甲斐甲斐しく BBQ の世話をしてくれたのが Martin であった。それから時は流れ,当時大学院生であった Martin はまさに刮目に値する活躍ぶりである。``Weak universality of the KPZ equation''と題する講演では,1次元界面の発展のモデル方程式としての KPZ (Kardar-Parisi-Zhang) 方程式が,数理的な意味で``普遍性''をもつことを証明した氏の研究成果を解説する内容であった。KPZ 方程式の数値シミュレーションを多少なりとも手がけたことがある筆者にとっては,講演で取り上げられた rough path thoery という最新の話題とともに,大いに興味をそそられた内容であり,氏の益々の発展を切望する機会であった。
会場では,馮 宝峰 (Feng Bao-Feng)氏とも再会を果たした。氏は名古屋大学で筆者の指導下で修士学位をえたあと,京大航空工学専攻で博士学位を取得し,現在は University of Texas, Pan American で教授を務めている。非線型波動の理論的・数値的研究をテーマとしていて,そのため世界各地を飛び歩いている。今回は母国・中国で開催される ICIAM なので,中国はもとより,日本の友人達にも呼びかけて,Structure-preserving methods for nonlinear Hamiltonian systems と題する,3つのセッションからなるミニシンポジウム (MS) を組織し,座長を務めながら自らも講演するという大活躍であった。講演者は日本・中国・米国(馮氏)・英国・スペイン・フィンランドと多岐に渡り,なかには旧知の数値解析学者 J. M. Sanz-Serna (スペイン)もいて,この MS でまず再会を果たした。
ICIAM のような大規模国際会議では,MS 組織が成功の鍵となる。応用数理の国際的な発展のためにボランタリーに MS を支える組織者・講演者なくしては,成り立たない。そうした役割を自覚し,現実に働いてくれる優れた研究者が身近から出てくれたことに,ある種の感慨を覚えざるをえなかった。
我々は 2023 年の ICIAM を日本へという目標を立てている。そのために行うべきことは沢山あるが,学術の国際交流を視野に入れて活躍する中堅・若手研究者をさらに輩出することは,もっとも基本的で,しかも時間を要する課題である。今回の ICIAM には予期以上に多くの方が日本から参加して下さったが,この方達を中核に更なる発展をぜひ見たいし,また筆者もその一助ができるように努めたいと考えている。
最近の ICIAM では必須になってきた開会式での演技・演奏は,今回は中国伝統楽器の楽団による音楽であった。もちろん聴衆を楽しませようという気持ちであろうが,演奏者自身が自らの内なる昂揚に身を委ねるように二胡を演奏する姿は,科学研究にも通じるところがあるのではないか,自ら立てた動機(モチベーション)に沿って,目標達成のために技倆のすべてを発揮することが,皆の幸福につながるという境地を,誰もが経験したいものと感じた ICIAM であった。
みつい たけとも
名古屋大学(名誉教授)
[Article: G1508D]
(Published Date: 2015/11/02)