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ラボラトリーズ

製品設計のための計算機支援の可能性

増井 慶次郎



1. 研究グループのミッション

1980年代、日本の製造業の生産性が非常に高まり、また国内外を通じて製品の品質に対しても高い評価が得られた。この頃から欧米では、どのような製品をどのようにユーザに提供すべきか、設計の上流段階での企画が重要視されるようになった。“製品(モノ)はユーザにサービス(コト)を提供するための媒体”という考え方も生まれ、製品のライフサイクル(製品製造から使用、廃棄まで)を通じて顧客満足度を高める製品およびそれに付帯するサービスの設計が研究されるようになった。当研究グループ名称の「システム機能設計」も製品ばかりではなく、製品に付帯するサービスも含めてシステムとして捉え、システム全体としてどのような機能が実現できるかを検討している。このような設計行為は自由度の高い設計上流段階で行うため、現在、企業の“上流設計”を支援する目的で研究活動を行っている。具体的には、図1に示す4つのツールの開発とそれを利用した上流設計フレームワークを開発中である。上流設計支援のアプローチとしては、

1) 上流段階の設計を支援する新たなツールの開発

2) 従来設計下流段階で使用されていたツールの上流段階での適用可能性検討

がある。本稿では、1)の例として、現在開発中の「デザイン・ブレイン・マッピング(DBM)ツール」を、また2)の例として「創造的設計支援CAE(1D-CAE)ツール」を紹介する。

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図1 上流設計を支援する開発中のツール

 

2. デザイン・ブレイン・マッピング(DBM)ツール

設計作業の専業化が進み、製品設計で直面する様々なスケール(材料・部材・モジュール・製品・事業・ライフサイクル)を網羅的に把握できるエンジニアが不足している。その一方で、製品の高度化、小型化、高密度化にともない、機械特性や電気特性などを独立に設計することが難しくなってきている。機械特性の観点から、適切な形状が、ノイズや熱放散といった他の特性を知らず知らずのうちに大きく損なってしまうことなどが起こりかねないのである。デザイン・ブレイン・マッピング(DBM)は、機械特性、熱流体特性、電気磁気特性など様々な観点から設計要素が満足すべき関係、制約、設計意図などをグラフ構造として表現するツールである。例えば、図2に示すように、設計の上流段階から設計要素の関係性を十分に考慮することができれば、重要なパラメータの抽出や、検証・評価を体系的に行うために必要とされる実験・シミュレーションの選定・計画を支援することができる。

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図2 チタン締結部材を例題としたDBMツールの表示例

 

3. 創造的設計支援CAEツール

近年の設計プロセスにおいては、設計対象に内存する諸現象の分析や、製品機能の予測・把握、更には試作・実験回数の削減などのため、計算力学に基づく数値シミュレーションが導入されるようになっている。一般にこのようなものづくりはCAE(Computer-Aided Engineering)と呼ばれ、一言では、計算機上で仮想的なものづくり環境を構築することを目指すものと考えられる。本グループにおいても数値解析(ものづくりの仮想実現)は設計支援に必要不可欠な技術と位置付け、基盤となるマルチフィジックス解析手法など、関連技術の研究を進めている。特色は、本グループは計算工学と設計工学に関する研究者らで構成されるチームであることから、従来までは設計の下流に位置付けられていた前者(計算工学)と、相対的に上流に位置する後者(設計工学)を融合させることを一つの目標にしている点である。現在検討中の内容は、例えば図3に示されるように(簡単な筐体内の気流解析)、左の設計案の形状や力学モデルの変更と、右のシミュレーション結果の可視化をシームレスに連動させる技術の開発を行っている。このような技術の確立には、適切な現象モデリング技術、破綻の無い非線形連成解析技術、解析の超高速化技術、直観的操作のヒューマンインターフェイス技術など、多くの先進的な技術開発が必要となる。しかしながらこのような技術が確立された場合、使用者が解析結果を見ながら設計できることになり、その思考と試行の連動が相乗効果を生み出し、設計案の挙動理解や機能向上という一次的な目的のみならず、今日の日本のものづくりが抱える問題である「人の創造性の向上」に寄与することができるものと考えられる。このように、日本のものづくりに資する技術の将来像の探求を行っている。

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図3 CAEの将来像の一つとしての創造的設計支援ツール (左は簡単な内部構造を有する筐体,右は内部の気流解析の結果としての流線を示す)

 

4. 将来展望 ~衆知を集めた計算機活用型上流設計へ~

これまで述べたように、当研究グループは、製品設計上流段階を支援する技術の開発を主に行っている。この段階では、顧客要求に基づき、製品開発チームが計算モデル・物理モデルを用いた様々な実験・シミュレーションを計画し、そこで得られる情報を製品設計のために活用する。設計対象が複雑になればなるほど、様々な分野のデザイナー・エンジニアがこの段階に携わる。この結果、扱われる情報量は膨大になり、その表現形式も多様化する。

当研究グループは、様々な計算モデル・物理モデルを製品設計上流段階で活用し、製品の質の向上、開発期間の短縮、開発コストの削減を実践するために、この段階に携わるエンジニア・デザイナーの「衆知を集め活用する」計算機設計支援技術に注目している。特に「様々なフォーマットの設計・技術情報の検索・再構成」、「膨大かつ離散的な実験・解析結果の解釈」、「設計解の体系的な発案」というプロセスを支援する技術の開発を長期的グループ目標に掲げている。今年度は、様々なフォーマットの設計・技術情報から製品設計上流段階で用いられる機能・現象論的情報を抽出(あるいは付加)し、その関係から設計対象の全体構造を計算機上で再構成・可視化する手法を調査・開発している(図4参照)。この研究では、様々な設計情報の取得・モデリング・解析を行う要素技術の開発に留まらず、製造業における現場の状況を考慮して要素技術を統合する技術・システム化が不可欠である。

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図4 「衆知を集め活用する」計算機上流設計支援

 



ますい けいじろう
産業技術総合研究所 先進製造プロセス研究部門
[Article: D1206A]
(Published Date: 2012/12/18)