原 政直
1. はじめに
人工衛星リモートセンシングで最もよく知られているものに、気象衛星ひまわりによる気象情報への利用がある。それ以外での利用では研究を目的とするものがほとんどである。しかし、2008年5月の「宇宙基本法」の制定と翌年6月の「宇宙基本計画」の策定により、ロケットや人工衛星などの開発と共に衛星リモートセンシングデータ(以下リモセンデータという)の利用の促進にも光が当るようになってきた。この様な背景の中、株式会社ビジョンテックは、リモセンデータを利用した情報発信を目指すベンチャー企業として設立、その事業化のための研究開発を行ってきている。
本稿では、実用化の段階に入ってきた成果の一部について紹介をする。
2. 衛星リモートセンシングの実利用化への課題
衛星リモートセンシングには、①回帰周期毎に定期に観測し、②広い観測域を同時(短時間)に観測、③また、高い地上(空間)分解能を持った可視・近赤外線から赤外線域までのマルチスペクトルで観測ができるという特徴がある。しかし、回帰周期毎に観測するということは、任意のタイミングで観測ができないことであり、さらに高高度からの広域観測は、被雲下の対象物の観測ができないという実利用化への障害がある。そのため被雲がない時に観測されたデータを利用した地図の作成や土地被覆図のような主題図の作成などに限定された利用にとどまっている。
3. 水稲の生産への実利用化
日本の農業は、担い手不足やTPPなど内優外患にあり、その基盤作物とも言える米の生産は良食味米を均質、かつ安定的に生産をするような付加価値が求められている。そこで、衛星リモセンデータを使用して、水稲生産管理に必要な情報を抽出、配信し、付加価値の高い米生産のために供する研究開発を行った。
3-1.良食味米生産と衛星リモートセンシング
水稲の生産現場では、売れるコメ、すなわち、「美味いコメ」作りに努力をしている。この米の食味評価の指標の一つに、玄米に含まれる蛋白含量がある。水田にある米粒の蛋白含量はその生育のステージとその葉色との間に相関があることから、葉色計による葉色の計測が行われている。しかし、広い圃場におけるこの計測方式は、労力がかかり、人為的な計測誤差も大きい。また、サンプル数が少ない上に計測の始めと終わりでは1~2週間の時間的な差ができるなど計測データの品質が悪く、その評価誤差が大きい。
一方、衛星リモートセンシングでは、そのマルチスペクトルセンサの赤と近赤外線バンドのデータから植生の活性度が評価できる正規化差植生指標(NDVI)値の導出ができる。このNDVI値と玄米蛋白含量との間には一定の相関があり、それを利用することによって広い圃場にある水稲の生育状態が分かり、生育管理の情報として利用することができる。
水稲は、品種やその土地の気候や土壌環境によるものの、一定のパターンで生育する。つまり、田植え以降の幼穂形成期、出穂期などその生育ステージの節目ごとの玄米蛋白含量の変位が分かれば、その状態に適した管理ができ、結果、米粒の持つ玄米蛋白含量の制御ができることになる。そのため、生産者は、適時、田んぼに入り、水稲の草丈、茎数、葉数、葉色などの計測し、そのデータと有効積算気温や例年の経験から作られる栽培暦に照らしながら、水や施肥、病害虫防除の管理を行っている。
この生産現場の施業に必要な計測作業を衛星リモートセンシングによって、広域に恣意性のない均質な計測をタイムリー行うことができれば、省力化や適切な管理による肥料や防除剤の削減などコストの低減が図れ、安定して均質な良食味米の生産に大きく寄与する。
3-2.被雲の影響の低減とタイムリーな情報抽出
水稲の生産時期は、平均的に5月の田植えから始まり、10月の刈入れまでになるが、その間は、梅雨や台風など、雲の影響が大きい時期でもある。したがって、雲の影響の低減と生育ステージに応じたタイムリー性のある情報抽出の実現が実用化への鍵となる。本開発では以下のような手法により実用化を目指した。
被雲の低減には、毎日観測されるリモセンデータからNIDVI値を算出し、前日のNDVI値と比較し、値の高い方を保存する時間最大値法によって、10日単位に1次雲なし画像を生成し、それを年単位のデータとして集積した。さらにそれを数年分集めて、一次雲なし時系列データセットを作成した。このデータセットは、雲やその影の影響は低減されるものの、完全にその影響が除去されていない(図1は中国南部の4年分の時系列データのであるが、左下のグラフが示すように被雲の影響が残っている)。そこで、水稲の成育パターンが移植、成長期、成長ピーク、衰退期、刈入れ期という周波数の半サイクルに似たパターンであることに加え、気温や施肥などの影響や二毛作などの影響で高調波を含んだ周波数パターンになり得る。そこで時系列データセットの各画素の基本周波数とハーモニクスを抽出し、それを生育トレンドとしてデータベース化し、現在、観測されたデータと過去のトレンドのもっとも近いパターンを参照して、現在のトレンドを推定するという手法により、被雲のない情報として利用を可能にした(図1の右下のグラフが示すように、水稲の二毛作が毎年行われていることが分かる)。
また、タイムリー性については、水稲の時間管理が大凡旬単位に行われていることから、トレンド情報の時間分解能も10日とし、玄米蛋白含量の計算が旬単位に行えるように時間整合をとった。これにより適時、玄米蛋白含量データの利用を可能にした。
なお、図2は、NDVIから求めた玄米蛋白含量の分布を水田一筆単位に示したもので、広い圃場の水稲の生育状況が一目瞭然に分かる。
4.おわりに
本研究開発により、高頻度観測衛星を利用した被雲の影響の低減とタイムリー性の向上を図り、衛星リモセンの農業利用での実用化へ1歩を踏み出した。今後は、空間分解能は高いが、観測頻度が低い衛星データを利用して、精密農業のための細密な情報抽出のための開発を行っていく。
なお、本研究開発は文部科学省の平成21年度の宇宙利用促進調整委託費に採択されたもので、文部科学省に深謝する。
はら まさなお
(株)ビジョンテック
[Article: D1207A]
(Published Date: 2013/01/27)