齊藤 宣一
2016年8月22日から26日まで,第6回日中韓数値数学合同カンファレンス(CJK)が,韓国の大田(Daejeon)にあるNIMS(National Institute for Mathematical Sciences)で開催された.CJKは,2006年に第1回が札幌で開かれ,以降隔年で,日本,中国,韓国が交代でホストを務め開催されている.第2回は威海(中国),第3回は江陵(韓国),第4回は大津,第5回は銀川(中国)で開催された.前回の銀川での会議に引き続き,今回も,筆者(齊藤)は中韓と連絡役を務めた.後始末として,ここに報告を記させていただきたい.
実は,CJKの起源は1990年代初めにまで遡ることができる.当時,日本と中国の数学者の交流は両国の数学会を通じて,徐々に活発になっていた.その活動のなかで,日本数学会の理事長であった藤田宏教授(東大理学部,その後,明治大学)は,中国科学院計算中心の初代所長を務めたK. Fang教授と相談し,当時中国が最も力を入れていた分野の一つである数値解析における両国の研究者の交流をより具体的なものにするために,定期的な合同セミナーの開催を提案した.そして,当時の計算中心の所長であったZ.C. Shi教授と電気通信大学の牛島照夫教授が組織委員長を務めて,第1回の日中数値数学セミナー(CJ)が1992年8月に北京で開かれた.「応用数理」第3巻1号(1993年3月)には,牛島教授による参加報告が掲載されている.そこにも記されているように,中国側からの歓待はたいへん盛大なものであったらしい.牛島先生の報告にはご自身の苦労話は記されていないが,電子メールが(利用できる状態ではあったものの)一般的な連絡手段でなかった時代に国際会議を開く困難さは,筆者には想像できない.ともかく,CJの第1回目は盛会のうちに終了し,その後,日本,中国が交代でホストを務める形で2004年まで続いた.個人的なことだが,筆者自身の最初の英語講演や招待講演を行う機会をこのCJで与えて頂いたので,大変思い出深いセミナーとして記憶に残っている.一方,中国と韓国の間でも,Shi教授とD. Sheen教授(ソウル国立大学)を中心に数値数学合同セミナーが2001年から行われていた(2005年まで).そして,Shi教授,Sheen教授と,当時日本側の組織委員を務めていた岡本久教授(RIMS)が相談し,この2つのセミナーを合同開催とする形で,CJKが誕生し,いまに至っている.現在でも,各国の組織委員長は,この三教授が務めている.
前置きが長くなってしまった.今回のCJKの報告に戻りたい.CJKの基準として,各国7人ずつの招待講演者が各国の組織委員から推薦される.この招待講演がプログラムの主要な部分を占める.その他に,一般講演などが設定されるが,詳細はホスト国に任されている.今回,日本からは,中尾充宏(九大IMI),速水謙(国立情報学研),小守良雄(九州工大),降籏大介(阪大),緒方秀教(電通大),鈴木厚(阪大),齊藤宣一(東大)の7名が招待講演の機会を頂いた.また,佐々木多希子(早大)が一般講演を行った.さらに,名古屋大学の張紹良研究室から韓国人留学生の李東珍さんと金多仁さんが,お世話役として同行してくれた.前回の銀川での会議の際もそうであったが,会議の詳細がアナウンスされるのが遅く(おおよそ会議の一ヶ月前),日本からの一般の参加者を募れなかったのは残念であった.一方,中国側からの招待講演者は,事前には7名がアナウンスされていたが,会議が始まってみると,ビザの関係で来韓できない,とキャンセルが相次ぎ,結局3名しか参加しなかった.その分,韓国からの参加者が多かったが(詳細はConferenceの ウェッブページを参照されたい),全体としてはこぢんまりとしており,参加者の顔と名前が一致する規模の会議であった.
実行委員会の手配で,参加者は全員同じホテルに宿泊し,朝,全員でシャトルバスに乗りNIMSにある会場に向かう.到着すると,まずは,朝食代わりの軽食を食べながら雑談し,それからゆっくりとセッションが始まる.昼食は,NIMSの食堂で韓国の家庭的な料理が味わえたし,夕食も実行委員が毎食手配してくれ(一度はバンケット),参鶏湯(サムゲタン),プルコギなどの韓国名物を堪能することができた.
学術的な内容の報告については,筆者の専門に近い偏微分方程式(PDE)に関するもののみでご容赦いただきたい.また,日本からの参加者に関するものも割愛する.異方性のある係数関数を持つPDEは,単一のメッシュではうまく数値計算できないことがよく知られており,新解法の開発は世界的な関心の的である.楕円型問題や波動方程式に対して,有力な新解法の一つと言えるマルチスケール法の新スキームの提案やそれに対する解析の報告が中韓の研究者から複数あった.Sheen教授のグループは得意のnonconforming要素に基づいた方法を多方面から研究しているようである.Chung教授(香港中文大学)は不連続ガレルキン(DG)法に基づく方法を開発し,波動方程式に対する逆問題へ適用していた.双方とも世界的な流行のなかに自分達の特徴を主張しており印象的であった.また,スタガード格子法(変数ごとに異なる格子を使う方法)に関する報告も複数あった.何を今さら,と感じる専門家もいるかも知れないが,スタガード格子法は,PDE の数値解析研究の世界的主流の一つであるDG法やハイブリッド型DG (HDG)法として再定式化できる場合がある.そうでなくても,解法の導出の基本的なアイデアは共通点が多い.したがって,DG法やHDG法の説得力のある(すなわち,現実の応用に即した)発展のためには,意味ある具体例としてスタガード格子法の研究は重要であろう.実際,Y. Jeun教授(亜洲大学)のハイブリッド型差分法は,伝統的なスタガード格子法と一般的なHDG法の中間と考えられ,理論的にも実用的にも興味深い.
会議終了後は,ビビンバで有名な全州(Jeonju)市に半日の遠足に連れて行ってもらった.ただし,ビビンバを食べる機会はなく,伝統家屋集落「全州韓屋村」を見学した.しかし,最初に目に付いたのは,大学生くらいの若者のカップルやグループが,韓国の伝統衣装(の現代風修正版)を身にまとい,あちらこちらで写真の撮影会をしている様子であった.
すでに規定の文字数は超過しているがもう少しお付き合い願いたい.今回の日本側の招待講演者のうち,中尾,速水,降簱,筆者は上海で開かれた第5回CJにも参加していた.そのときの楽しい思い出話をしているうちに,当時の速水先生の年齢がいまの筆者の年齢とほぼ同じということに気づいた.良い意味でも悪い意味でも自分自身の成長を確認(反省)し,また同じ年月が経った際に速水先生のようになれているであろうかと,自問自答する良い機会を得た.このようなseries of conferencesは,年月が経つにつれ目的が曖昧になり,続けるために続けるという本末転倒な形に陥る危険がある.新しい価値を見出し付加していくのは,引き継ぐものの責任であろう.
次回は2年後の2018年に日本での開催が予定されている.場所,期間等の詳細は未定である.今回の韓国側実行委員からの歓待ぶりは盛大なものであったので,2年後も,十分な準備をして,中韓の研究者を迎えたいと思う.読者の皆様にもご協力を賜りたい.
さいとう のりかず
東京大学大学院数理科学研究科
[Article: G1609A]
(Published Date: 2016/11/01)