福田 亜希子,相島 健助
2012年6月4~7日,米・カリフォルニア州Napa Valleyにて高精度固有値計算に関する国際ワークショップIWASEP9 (9th International Workshop on Accurate Solution of Eigenvalue Problems) が開催された。このワークショップは2年に一度SIAG/LA (SIAM Activity Group on Linear Algebra) との共催で行われている。線形計算分野の中でも特に固有値 (特異値) 問題を対象とし,研究者が一堂に会し議論を交わした。参加者は44名で,日本からの参加者は著者たち2名のみであった。招待講演10件と一般講演20件がシングルセッションで行われ,加えて8件のポスター発表があった。
全ての講演を大まかに分類すると,固有値問題の解法を扱う講演は全部で23件あり,その内訳は,一般の行列向け解法が6件,対称行列向け解法 (特異値分解を含む) が7件,特殊な構造をもつ行列に対する解法が8件,標準固有値問題以外の非線形固有値問題などの解法に関する講演も2件あった。行列自体の理論解析に関する講演として,固有値の摂動論に関するものを中心に7件あった。固有値と直接的に関係の無い行列計算に関する講演も8件あった。
固有値問題に関する講演の概観を以下に述べたい。固有値解法は行列の対称性の有無で分類される場合が多いが,対称行列を扱った講演は思ったより少なく,むしろ対称性以外の特殊な構造に着目した解法についての講演が目立っていた印象である。非対称行列用の解法として定番のQR法に関する話題がないのも驚きであった。対称な場合に比べ非対称な場合を扱うのは格段に難しく,その解法の確立のため,すべての行列に対応できるQR法などを改良していくのも1つの手段だが,別の方向性として,まずは非対称行列のなかでも特定のクラスの行列にターゲットを絞り,その特徴を生かすことで高精度アルゴリズムを実現する。そして徐々に高精度に解ける行列のクラスを拡大していくという流れは今後しばらく続きそうである。
印象的だった講演に焦点を当てると,会期中に79歳の誕生日を迎え,未だに現役であるWilliam Kahan教授 (UC Berkeley) による招待講演は,3重対角行列に対してデフレーションを行ったときに生じる相対的摂動の解析で,応用として特異値計算法として有名なdqds法を挙げていた。Kahanより1歳年上であるBeresford Parlett教授 (UC Berkeley) の講演は,dqds法をある種の非対称行列の固有値計算法に拡張するというもので,特にコンパニオン行列を意識し応用として多項式の根の計算を挙げていた。僭越ながら著者たちの講演についても述べさせていただくと,福田はdqds法を戸田方程式の離散化と位置付け,ある種の非対称行列用へ拡張したアルゴリズムを紹介し,相島はアグレッシブデフレーションと呼ばれる技術によるdqds法の高速化の発表を行った。この業界を牽引してきたKahan,Parlettからdqds法の理論や拡張に関する講演を聴けたのは,我々にとって非常に幸運であった。
講演中の雰囲気としては,前述のKahan,Parlettをはじめ,J. Demmel,I. Ipsenなど固有値計算分野で高名な先生方が最前列に座り,発表中に頻繁にするどい質問を投げかけ,その場ですべてを理解していく様は,著者ら若い研究者達を圧倒する迫力があったと思う。この雰囲気を味わえただけでも,参加する意義は大きかった。
エクスカーションでは,ワイナリーCastello di Amorosaへ行き,工場見学やNapa名物であるワインのテイスティングを楽しんだ。会議自体の参加者が少人数であったこともあり,自家用車で通う者を除けば,みな会場のホテルに宿泊しており,頻繁に顔を合わせる機会があり,時間を気にせず他国の研究者と議論を交わしたのも貴重な経験となった。
次回は2014年にクロアチアで開催予定である。
ふくだ あきこ,あいしま けんすけ
東京理科大学理学部,東京大学大学院情報理工学系研究科
[Article: G1207F]
(Published Date: 2012/12/18)