JSIAM Online Magazine

ラボラトリーズ

10年ぶりのOxford長期滞在記とコロナ

李 聖林



 

2012年に息子を出産してから、子育てと研究、そして大学教員としての仕事で奮闘する毎日を送っていた中、ある日、自分が世界の学問の流れに追いつかずひとり取り残されたような気がしてきました。歯車がぎっしり絡み合って一秒たりとも余裕も無く回り続けている毎日で、止めることもできず、時代の先を読めるところか目先から目を離せる余裕すらない、成長のない研究者になっていく気がしました。なんとかこの歯車を一旦止めたい、藁にもすがる気持ちで国際共同研究加速基金に応募しました。主人も大学の教員であるために一緒に海外に行くことは難しく、7歳の息子を連れてのシングルマザー状態の海外生活という(少なくとも私の中では)大きな決断でありました。そして、2019年8月18日に1年間の滞在計画で息子とイギリスに旅立ちました。

 

私が滞在したOxford大学のMathematical Institute・数理生物センター(Wolfson Center for Mathematical Biology(WCMB))は2008年、私が博士課程だった時に生命現象のパターン形成における数理モデリングを学びたく1年間留学をした場所で、私の研究の故郷のようなところです。11年前に留学した時は数理生物センターが立ち上がってまだ数年も経っていなかった時期でセンター長であったPhilip Maini先生と若手教員二人の、たったの教員3人体制の組織でありました。しかし、数理生物センターの共同研究体制とMaini先生の巧みな組織運営はその当時から凄い勢いがありました。WCMBはその後も成長をし続け、今は6人のWCMB教員とMathematical Institute内の4人の協力教員を加えた、10人の教員体制を持つ、数理生物学分野における世界的な組織としてその位置づけを確実にしています。私がOxfordを滞在先と決めた理由は、Maini先生はもちろんWCMBの秘書さんや共同研究者らがいる最高の居心地の良い場所である、Oxfordの土地勘があったので息子との二人暮らしによる定着期間を最短にし、研究の効率を最大にあげることができる、世界から研究者たちが訪ねる場所なので出張のできないハンディを持つ私でも世界の学問の流れを身近で見て感じることができる、ことでありました。さらに、11年前とは異なり、教員という立場でOxfordとの連携をより強化したいという気持ちも大きかったです。

 

英語を一言も話せない息子を9月からいきなり現地の公立小学校に入れて(幸い、無茶な母親を持った息子も逞しく直ぐに新しい環境に慣れてくれたおかげで)、早速Oxfordの共同研究者Eamonn Gaffneyさんと様々な研究議論を始めました。また、アメリカのオハイオ州立大学からサバティカルでOxfordを訪れていたAdriana Dawesさんに出会い、親友になっただけではなく自分と同じ方向性を持つアメリカの共同研究者を作ることもできました。国際共同研究も順調に進み、新しい論文を書き始め、さらにOxfordの他の研究者らとも新しい共同研究の話を進めようとしていた真っ最中、コロナがイギリスを襲いました。まず、アメリカやヨーロッパ諸国からOxfordを訪ねていた研究者たちが自国の入国制限発動のニュースにほぼパニック状態で緊急帰国する事態が起きました。そして、Mathematical Instituteの中にも徐々に研究所にくる人が少なくなり、コロナ騒ぎが本格化してから2週間後には、研究所に行くと、Maini先生と私、二人きりのような状況でありました。その直後、ついにイギリスの小学校も閉鎖されることになり、私も不安に襲われることになりました。万が一何かあったとしても日本ならなんとかなる、コロナが落ちついたら再びイギリスに戻ろうと決断し、イギリスのアパートをそのままにしておいて、貴重品だけをスーツケースに詰めて息子と2020年3月23日、日本に緊急帰国しました。帰国便に乗った時刻にイギリスは都市封鎖に踏み切りました。ギリギリ脱出成功といった感じでした。その後、日本も入国禁止や緊急事態宣言などが続き、一時帰国したつもりが結局戻ることができず、そのまま永遠の帰国となりました。

 

コロナによって12ヶ月滞在予定だったのが7ヶ月になってしまいましたが、私と息子にとっては貴重な時間となりました。予想以上に広げることができた国際連携や国際共同研究の種だけではなく国を超えた友情、Oxfordで出会った日本の研究者らとそのご家族との繋がりや助け合い、異国での苦労から改めて感じた人への感謝の気持ち、家族の大切さ、これら全てを持って帰ることができた7ヶ月でありました。これからは、この7ヶ月が私に与えてくれたものをどう活かすかだと思っています。コロナでまだまだ自由が制限されていますが、必ず終わりはくる、そしてその終わりは私にとって新たな始まりになることを期待しています。

 

追記:英語が全く理解できなかった小1の息子は、イギリスで学校の初日、朝9時から午後3時まで、水も一滴飲まず、ランチも食べず(日本の給食と仕組みが違ったため、いつどこでご飯を食べるのか全く理解できなかったらしい)、トイレも行かずの状態でしたが、それでもサッカーが楽しかったと、笑顔いっぱいでした。

写真:グロスター大聖堂の前で息子と私(ハリーポッターのホグワーツ魔法魔術学校として使用された建物)

Oxford写真



い せいりん
広島大学 大学院統合生命科学研究科
[Article: D2012A]
(Published Date: 2021/02/02)