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ラボラトリーズ

コロナ禍でのフランスPhD留学記

荒木 亮



コロナ禍でのフランスPhD留学記

自己紹介

私は大阪大学の基礎工学研究科で修士号を取得(指導教員:後藤晋教授)したのち,2020年の10月からダブル・ディグリープログラムでフランスに留学しています.研究テーマは流体力学で,主に乱流現象を対象としています.特に,その維持機構であるエネルギ・カスケード機構に関係する準周期的な時間変動や空間局所性について,数値計算を用いて調べています.
本稿では,私が滞在しているリヨン(Lyon)という都市と所属している研究所,そしてCOVID-19パンデミック下での留学生活について紹介します.

リヨンについて

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(左)フルヴィエールの丘から中心街を一望する風景.(右)Rhone(ローヌ)川沿いの風景.
リヨンはフランス南東部の都市で,パリからTGVで二時間程度の距離にあります.北に40kmほど行くと毎年新ワインの解禁でニュースになるボジョレーがあります.また,より大きな視点ではリヨンはオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏に属しており,名前のとおりアルプス山脈を介してイタリア,スイスと国境を接しています.この都市の歴史は古く,中心街の西側にあるフルヴィエール(Fourvière)の丘には古代ローマ時代の劇場の遺構が残っています.15世紀頃からは絹織物の産出地としても有名になり,旧市街と呼ばれる一帯には当時の石畳の道路が残っています.
さらに,リヨンを有名にしているのが美食の街としての評価です.ポール・ボキューズ(Paul Bocuse)のような高級レストランは大学院生の身分で訪れることが叶いませんが,郷土料理を提供するブション(bouchon)というビストロが数多くあり,ディナーだと一番簡単なコースにグラスワインを1杯頼んで€30くらいで食事を楽しむことができます.
リヨンの気候は(夏に数日ある熱波を除いては)非常に過ごしやすく,休日に市内を流れる川沿いを歩くのはとても気持ちがよいです.
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(左)Lyonは壁画の街でもあり,これは最も有名な"Fresque des Canuts"という作品です.(右)12月には光の祭典(Fête des Lumières)というイベントがあり,中心街がライトアップされます.

École Centrale de LyonとLaboratoire de Mécanique des Fluides et d’Acoustiqueについて

École Centrale de Lyon(ECL)は理工系の技術者の養成を目的にするグランゼコール(フランス特有の大学ではない高等教育機関)です.École Centraleはフランス全土に5校(パリ,リール,リヨン,マルセイユ,ナント)があり,日本との関係では東北大学や慶應義塾大学,同志社大学との提携プログラムがあります.私のオフィスはECLのキャンパス内のLaboratoire de Mécanique des Fluides et d’Acoustique(LMFA,流体力学と音響学研究所)にあり,そこで日々研究しています.LMFAはECLだけでなくLyonにある他の大学やグランゼコール,そしてCNRS(フランス国立科学研究センター)が共同で設置している研究機関で,例えば私が論文執筆時に用いる正式な所属はUniv Lyon, École Centrale de Lyon, CNRS, Univ Claude Bernard Lyon 1, INSA Lyon, LMFAと非常に長大になっています.また,私の学生証にはECLではなくUniversité de Lyon(UdL)という高等教育機関コンソーシアムのロゴが載っていたり博士後期課程としてはUdLの課程に登録されているなど,学校や研究機関を横断した所属になっています.
このような事情を反映してLMFAはさまざまな学校や研究機関と密な交流があり,例えば,毎週金曜日にあるセミナーにはENS de Lyon(高等師範学校リヨン校)やINSA Lyon(国立応用科学院リヨン校)などから参加者があり,講演終了後は昼食を一緒にとりながら議論が盛り上がります.
2021年の11月にはフランスを訪問されていた本誌編集委員の深川宏樹さんを招聘してセミナーをしていただきました.フランスの研究環境について特筆すべきものの一つにCNRS研究員というポストがあります.これはCNRS(フランス国立科学研究センター)に雇用される常勤の研究職で,日本の制度で例えるならテニュアの学振PDや国立研究所の研究者というのが近いのではないかと思います.私のフランスでの指導教員であるDr. Wouter Bosもこのポストで,聞くところによると大学などに雇用される教員と異なり講義がなく研究と大学院生の指導に注力できるため,非常に倍率が高い職だそうです.

COVID-19パンデミック下でのフランス留学生活

私は2020年の10月というパンデミックの只中に留学を開始したため,さまざまな面でフランスの人々が政治に対しもつ感覚が日本とはかなり異なることに気づきました.フランスでは,軽視されていると感じる重要な問題はデモにより政府に国民の声を届けて対応を迫らねばならないという強い意識があります.例えば,2021年の夏のワクチン・パスポートの導入によってワクチン接種が事実上義務化されたことへの反発はきわめて大きく,このころは毎週末フランス各地でデモがおこなわれていました.リヨンでも中心街にあるベルクール広場(Place Bellecour)でデモがあり,毎週木曜日になると領事館から注意喚起のメールが回ってきていました.また,パンデミック下における大学生への支援が足りていないというデモによって学生食堂での食事が€3.30から€1.00に減額する施策が導入されたりもしました.前者のワクチンに関するデモは個人的には同意できないものでしたが,後者の施策には大きく助けられました.
最近では,感染状況の改善をうけて規制の緩和が進み,本稿を執筆している2022年7月の段階ではワクチン・パスポートや屋内・公共交通機関でのマスク着用義務は撤廃されています.しかし,最近では6月末からの第7波をうけて再規制の議論がおこなわれており,まだ「完全に元通り」とはいかないようです.

最後に

海外への進学というそれだけでも大きな選択に,100年に一度というパンデミックが重なりいろいろと厳しい時期もありましたが,それでも自分が本心から面白いと思える問題を考え続ける日々を送れていることをとてもありがたく思っています.博士後期課程も半分を過ぎましたが,自分が納得できる研究ができるようこれからもリヨンで頑張っていこうと思います.
最後に,私の留学に係る学費,生活費および研究費は竹中育英会の支援を受けています.この奨学金の支援がなければ博士課程に進学することはできませんでした.ここに記して深く感謝いたします.また,「ラボラトリーズ」コーナーへの寄稿を推薦してくださった深川宏樹先生,執筆の機会を与えていただいた佐々木英一先生にお礼申し上げます.本稿がフランスへの進学や訪問を考えておられる方々の一助になれば幸いです.


あらき りょう
École Centrale de Lyon,大阪大学基礎工学研究科
[Article: D2206A]
(Published Date: 2022/07/26)