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学術会合報告

RIMS共同研究「モデル駆動とデータ駆動の協同によるデータ数理科学に向けた基盤研究の新展開」開催報告

宮路 智行



2019年8月19日~21日にRIMS共同研究(グループ型A)「モデル駆動とデータ駆動の協同によるデータ数理科学に向けた基盤研究の新展開」を開催しました.会場の京都大学総合研究15号館は今出川通から本部構内に入ってすぐの二階建ての趣のある建物です.3日間の開催で計18名の参加者がありました.

本共同研究の目的を以下のように掲げています:

昨今の数理科学の進展や人工知能研究の隆盛に伴い,データの背景に隠れた法則を見出す研究がますます進んでいる.例えば動的な変動を伴う現象の理解と予測を興味の対象とする時系列解析では,力学系,幾何学,トポロジー,確率論,統計学,機械学習,情報学,データ同化などの分野で様々なアプローチから研究が進められてきており,モデル方程式を与えて解析するモデル駆動的手法とデータ駆動的に解析する手法の双方で数学・数理科学の各分野が重要な役割を果たしている.数学の各分野におけるモデル駆動的手法とデータ駆動的手法における数学的問題の本質を追求し,双方の利点を活かした新しいデータ数理科学を開拓する共同研究の推進を目的とする.

本RIMS共同研究は,2016年から2018年まで中野直人氏(京都大学)が研究代表者として開催した「統計的モデリングと予測理論のための統合的数理研究」に関するRIMS共同研究を母体としています:

これら過去3回の共同研究では,様々な分野・様々なアプローチで研究されている時系列解析の理論や技術の統合により新しい統計的モデリングへと繋げることを志向しました.さらなる発展のため今年度は統計的モデリングと現象数理学的な数理モデリングとの協同を目指して,関連分野で活躍している気鋭の研究者による講演を中心とした共同研究を企画しました.集中的な議論によりアイデアや技術の交流を促進し,共同研究の機運を高めるため,講演数を9件に絞り,1時間ずつの講演でプログラムを構成しました.

初日の8月19日は13時から17時まで3件の講演がありました.中野直人氏(京都大学)による講演「埋め込み理論とグレブナ基底による力学モデル再構成」は時系列データから常微分方程式モデルを構成する方法論についての研究です.グレブナ基底の応用により,その手法をよく理解することができます.続いて,岩本真裕子氏(島根大学)はコウイカ類の体表パターンに関する実験科学者との共同研究について講演されました.ころころと変わっていくコウイカの体表パターンがどのように形成されるのか(メカニズム)? また,その体表パターンによってコウイカが何を伝えようとしているのか(言語的意味)? 多種多様なパターンの分類も解決するべき問題の一つです.齋藤正也氏(統計数理研究所)による講演「血清データおよび機構モデルにもとづくインフルエンザ定点報告率の推定」はn-class SIRモデルと数理統計学による社会における問題への挑戦です.このように,モデル駆動とデータ駆動の協同が鍵となる講演から共同研究集会の幕が上がりました.

2日目は午前10時半から4件の講演が行われました.小松瑞果氏(神戸大学)の講演「パラメータ多様体による同定不可能モデルの解析とその応用」は限定的な時系列データをもとにモデルパラメータを推定する問題の研究です.データが限定的であるためパラメータは一意に定まらないが,それらが織りなすパラメータ多様体は一意に定まることに着目し,これを推定する手法を提案されました.アレルギーを理解したいという動機から数理モデルを経て,グレブナ基底が重要な役割を果たします.二番目の講演者である行木孝夫氏(北海道大学)はタンパク質の二次構造を複雑ネットワークの特徴量の観点から軽量な計算で分類する方法の新手法を提案されました.微分方程式や確率過程ではなく複雑ネットワークを活用し,そのネットワークの定義の仕方(モデリング)が肝心であるという点は本共同研究において最もユニークです.なお,この講演は「北海道大学物質化学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム」のもとで実施された総合化学院の大学院生との共同研究による成果に基づくものです.続いて,手老篤史氏(九州大学)は真正粘菌変形体の迷路求解の数理モデルや収縮運動,結合振動子から四足歩行ロボットの歩容遷移までの研究を講演されました.モデリングと解析のアプローチはそれまでの研究歴で積み重ねられたロジックに基づいており,研究対象は生物から無生物までさまざまでも,以前の研究から続く道に今があり次へと繋がっていくストーリーがあるのだというメッセージに感銘を受けました.2日目最後の講演は横山雅之氏(核融合科学研究所)による「データ駆動アプローチによる核融合プラズマの熱輸送モデリング」でした.核融合プラズマの研究に,実験と第一原理に基づく主流な研究スタイルに加えて,大量にある実験や解析データを大いに活用するという新しい指針を加えるとても興味深いものです.

最終日は,研究代表者である宮路による「ダイナミクス全構造計算法の時系列データへの応用」と中村和幸氏(明治大学)による「時空間強度計測データに対するダイナミクス推定と予測」の2件の講演で幕を下ろしました.中村氏はこれまで携わった様々な問題に対するデータ同化によるアプローチを多数紹介してくださり,その全容を伺うには1時間ではとても時間が足りません.講演の冒頭で仰った「統計だけでも,力学系だけでも足りない」という言葉が印象的です.

このように様々な問題と多様なアプローチに触れ,大変有意義な共同研究集会となりました.会場となった総合研究15号館ではセミナー室とコモンルームを利用させていただき,とても快適な環境で議論を行うことができました.ここから共同研究の芽が育ち開花・結実することを願うとともに,来年度以降もさらなる展開を目指したいと思います.最後に,共同研究に参加してくださった皆様と開催を支援してくださった京都大学数理解析研究所に心よりお礼申し上げます.



みやじ ともゆき
京都大学数学教室
[Article: G1909B]
(Published Date: 2020/02/20)