相原 研輔
2021年7月19日~21日,日本応用数理学会「行列・固有値問題の解法とその応用」研究部会(通称:MEPA)の第31回単独研究会が開催されました.筆者はMEPAの幹事を務めさせていただいていることから,本研究会について運営側と参加者側の両方の視点でここに報告をさせていただきます.
7月の単独研究会は,例年,複数の学会・研究会が参画する「並列/分散/協調処理に関するサマー・ワークショップ (通称:SWoPP)」と連携して開催されており,今年度のSWoPP2021(https://sites.google.com/site/swoppweb/swopp2021)では,MEPAを含む以下8つの研究会が参画しました.
・電子情報通信学会 コンピュータシステム研究会 (CPSY)
・電子情報通信学会 ディペンダブルコンピューティング研究会 (DC)
・情報処理学会 システム・アーキテクチャ研究会 (ARC)
・情報処理学会 システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会 (OS)
・情報処理学会 ハイパフォーマンスコンピューティング研究会 (HPC)
・情報処理学会 プログラミング研究会 (PRO)
・日本応用数理学会 「行列・固有値問題の解法とその応用」研究部会 (MEPA)
・xSIG The cross-disciplinary Workshop on Computing Systems, Infrastructures, and Programming (xSIG)
当初は盛岡での開催が予定されていましたが,新型コロナウィルス感染症の影響が収まらず,昨年度に引き続きZoomによるオンライン開催となりました.SWoPP組織委員会では,ハイブリッドでの開催も検討されていたらしく,関係者のご苦労は相当なものであったと予想します.しかしながら,様々な研究会がオンラインで開催されるようになってからは久しく,Zoomによる実施自体は大きなトラブルもなかったようです.わんこそばにありつけなかったのは残念ですが,このご時勢でもオンラインという新しい形で研究会が催されることは大変有難く思います.
研究発表そのものはZoomで行われましたが,運営側や参加者同士のやり取りのためにSlackも併用されました.SWoPP2021では,324人の総合受付登録者と,413人のSlack登録者がいたようで,大変盛況であった様子です.また,今回初めての試みとして,総合受付登録者を対象としたYouTubeでの限定ライブ配信も行われました.現地開催であれば,ふと隣の部屋のセッションを覗き見ることが可能ですが,YouTube配信はそれを擬似的に実現するものでした.なお,筆者はMEPAセッションのZoomホストを務めた関係で,YouTube配信にも携わりましたが(といっても,Zoom上でOn/OFFを切り替えたのみで)技術的なことはすべて組織委員会に担って頂けたので,安心して配信を行うことができました.組織委員会のご配慮に心から感謝したいと思います.
さて,以降はMEPAセッションの内容に関して,参加者の視点で書かせていただきます.今年度は,二日目の午後に計8件の口頭発表(1件につき30分)が行われました.Zoomへの参加者は最大で30名強でした(参加登録者は51名).質疑は,Zoom上はもちろん,Slackも併用して行われました.MEPAでは独自にSlackを運用していますが,他研究会との連携のため,今年度はSWoPP側で用意されたワークスペースが用いられました.
8件の講演は,内容ごとに3,3,2の小セッションに分かれ,セッション1「線形計算・アプリケーション」,セッション2「固有値・特異値問題」,セッション3「高性能計算」と題して行われました.各講演のキーワードのみを挙げると,悪条件縦長行列向けの前処理行列,3D弾性波動伝播解析の高速計算,行列指数関数計算の誤差解析,微分作用素の無限次元固有値問題,レイリー商に基づく高精度固有値計算,実対称定値一般固有値問題におけるフィルタ,Wisteria/BDEC-01(Odyssey)による並列前処理付き反復法,マルチコアCPU環境における疎行列ベクトル積,といったものです.本研究会のHP(https://na.cs.tsukuba.ac.jp/mepa/?page_id=1973)には,概要も含めてプログラムが掲載されているので,ぜひご参照頂ければと思います.
過去の研究会の印象としては,SWoPPのタイトルからも分かるように,HPCに関連する講演が多かった記憶がありますが,今回はそのような印象はなく,理論から応用まで幅広い分野がカバーされていたように思います.僭越ながら,一部のご講演について,個人的な感想を以下に書かせていただきます.筆者は線形計算を専門としていることから,偏ったチョイスであることを否定できませんが,ご容赦頂ければ幸いです.
まず,南畑淳史先生(関西国際大学)の「悪条件で密な縦長行列向けの前処理行列の数値的比較について」と題するご講演では,三角行列の構造を持つ前処理行列により,行列の悪条件性を緩和する手法について様々な実験考察が示されました.本来,丸め誤差の無い世界(無限精度演算)では不適切である手法が,丸め誤差がある数値計算では予想に反して効果的な場合があることが数値実験により示されており,数値計算ならではの面白さをあらためて認識しました.質疑応答は時間いっぱいまで行われ,講演終了後もSlack上で最も活発に議論が行われていました.
次に,山本有作先生(電気通信大学)の「テイラー展開に基づく行列指数関数計算の誤差解析」と題するご講演では,近年の超高速・低精度な計算ハードウェアの登場や新しい確率的誤差解析手法の登場などを踏まえて,行列指数関数計算における誤差解析について論じられました.特に確率的誤差解析手法は大変興味深く,筆者は国内の研究発表では初めて目の当たりにしましたが,最新の研究動向を探られている姿に強く感銘を受けました.
最後に,今倉暁先生(筑波大学)の「無限次元固有値問題に対する複素モーメント型解法」と題するご講演では,微分作用素の無限次元固有値問題について,離散化をせずに直接的に固有値を求める方法に着目し,複素モーメント型固有値解法の拡張が提案されました.離散化をしない計算アルゴリズムは,誤差を低減させる効果的なアプローチであり,今後の発展が大いに期待される内容でした.
以上の他にも,大変興味深いご講演ばかりでした.今回は学生による発表はなく,その点は残念でしたが,逆に当該分野を代表する若手研究者やベテランの先生方によるハイレベルな研究発表ばかりとなり,個人的には大変刺激的な研究会でした.また,セッションの前後には,MEPA幹事団より今後のスケジュールや関連する研究会のご案内などもあり,有益な情報提供がなされていたと(一参加者として)感じられました.
SWoPP全体の話に戻りますが,二日目の夜には懇親会が催されました.昨年度はZoomブレイクアウトルームを活用して行われましたが,今年度はGather.Townで実施されました.Gather.Townは昔懐かしいRPGのように,仮想空間上でキャラクターを操作して,近くにいるメンバーとビデオ通話などができるもので,最近はオンライン懇親会に用いられる機会が増えたように思います(実際にSIAMの国際会議などでも使用されていました).参加人数が多いと少々音声が乱立してしまいますが,それでもオンラインで懇親をするには十分に楽しめるものでした.
コロナ禍の収束が見えず,研究会はオンライン開催がしばらくは続きそうですが,従来の対面開催の魅力も懐かしく,来年度は遠方での対面開催が可能となっていることを期待したいと思います.もしそれが叶う場合,SWoPP2022の開催予定地について,ヒントは「フグ」だそうです.開催予定地に思いを巡らしつつ,筆を擱きたいと思います.
謝辞:第31回単独研究会の運営に際しては,主にMEPA幹事の深谷猛先生(北海道大学)にご尽力頂き,当原稿の執筆にもご協力を頂きました.この場を借りて御礼申し上げます.
あいはら けんすけ
東京都市大学
[Article: G2107B]
(Published Date: 2021/09/08)