JSIAM Online Magazine


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学術会合報告

日本応用数理学会 第18回 研究部会連合発表会 参加報告

延東 和茂



学生時代から尊敬する科学者の一人にバルマーがいます。バルマーは水素のスペクトルとして離散的に現れる4本の線について、その波長を与える公式を導いた物理学者で、導かれたスペクトル系列をもとにボーアが原子モデルを提案したといわれています。原論文では公式の導出過程が一部省略されていて当時バルマーがどのような数学的考察を行ったかは不明ですが、極限や連立方程式を用いた非常にシンプルな計算によって導出できることが知られています。博士号を取得し教員となった今でも、バルマーのように実験結果をシンプルな数学的概念に落とし込むことで現象を鮮やかに切り取る研究や講演に触れると、専門分野に関わらず心が躍ります。

そのようなバルマー的(?)研究との邂逅への期待を胸に毎年参加している本研究会ですが、昨年度に引き続きオンラインでの開催であったにもかかわらず、参加者395名、講演数169件と大変盛況でした(2022年3月8日、9日の二日間開催)。また、数理的アプローチの背後に興味深い現象を感じることができるワクワクする講演を多数拝聴することができましたので、いくつか報告します。

初日の幾何学的形状生成セッションでは、和歌山大学の原田利宣先生の対数美的曲線に関する講演を拝聴しました(「デザイナーの求める美しい曲線・面とデザイン、および形成外科手術への曲線研究の応用」)。自動車を形作る様々な曲線の曲率半径の頻度をプロットすると、その分布の傾きに自己アフィン性を持つものが多く存在することに着目し、自己アフィン性を有する曲線を体系化することで、デザイナーが求める美しい曲線を定量化するというお話でした。意味を定量化し伝達するための手段として音声や文字を通した言語があるが、音声や文字だけでなくデザインやグラフィックにも意味を伝達するための言語としての役割があり、それを体系化するための単語が存在する、という考察をもとにデザインの定量化が行われており、自動車に限らず日本刀や生体器官の形状を定量化するといった研究は、応用の上でも非常に興味深い講演でした。

位相的データ解析セッションでは岡山大学の大林一平先生のパーシステントホモロジーの講演を拝聴しました(「PHソフトウェアHomCloudの最新状況と応用」)。複数のデータ点の集合があるとき、それぞれの集合を分類する特徴量を抽出するため、データ点を中心とする円を考える。円の半径を増大させていくと離れた円同士が連結し図形となり穴ができる。さらに半径を増大させると穴が円に潰されていき消滅する。穴の生成と消滅が起こる際の半径を平面上にプロットしたりヒストグラムを書いたりすると、その図に明らかな違いが生まれる、というお話でした。このパーシステント図と呼ばれる手法によって、一見見分けがつかないような異なる物質の原子配置を分類することができる、という応用研究をお聞きすると、門外漢の私でも機械学習との組み合わせなど様々な応用可能性を想起させられました。また、前述の対数美的曲線に関する講演でも感じましたが、幾何学的なデータを現象の分類や定量化に用いるアプローチの多彩さに非常に感銘を受けました。

2日目は応用可積分系セッションを拝聴しました。可積分系分野において注目されてきた顕著な現象の一つにソリトン波がありますが、30年ほど前にソリトン解をもつセルオートマトンが提案されて以降、偏微分方程式や差分方程式だけでなくセルオートマトンの研究も盛んにおこなわれるようになりました。近年ではファジーセルオートマトンと呼ばれる系も注目されており、セルオートマトンに関する講演はセッションの全講演の半分ほどを占めるまでになっています。今後は個別の系に関する解析結果を含む網羅的な数理構造の探求、既存の可積分系との親和性や対応関係についての解明、ソリトン波や交通渋滞に留まらず、様々な現象を記述するための数理モデルとしての応用研究が期待されます。

先日、物理、数理、応用数理の各分野を横断的にご活躍された方が最終講義をされました。その中で、応用数理の根幹とは対象や問いかけをどのように数学の言葉で表現するかであり、さらには対象に対して独自の数学の言葉を作り、それが純粋数学にも応用されることが理想であるというお話をお聞きしました。筆者もそのような境地を夢見て本発表会に参加していますが、専門分野に限らず様々な応用数理研究に触れることができる本発表会は、現象を切り取る独自の数理を探求するための環境として大変得難いものだと感じています。社会に目を向けると必ずしも美しく楽しい現象ばかりではなく、むしろ目をそむけたくなる出来事が溢れていますが、そのような状況においても学びの場が得られることをありがたく思い、学会運営に御尽力くださっているすべての方々に感謝申し上げたいと思います。



えんどう かずしげ
群馬工業高等専門学校
[Article: G2202B]
(Published Date: 2022/06/17)