JSIAM Online Magazine

研究部会だより

「応用カオス」研究部会の活動状況

井上 啓



「応用カオス」研究部会では,2006年4月の設立以来,カオスの基礎理論から実践的側面に至るまで,それらに関わる幅広い分野の多くの研究者との交流が行われてきました.本研究部会の特徴の一つとして,カオス尺度を用いたカオスの定量化に関する研究があります.

非線形力学系においては,カオスの存在が長期予測を不可能とする大きな要因の一つとなっています.そのため,力学系のカオスを定量化し,そのカオスの度合いを把握することが,カオスを制御・応用する上で重要となります.カオスの定量化に最もよく用いられる指標がリアプノフ指数です.リアプノフ指数は,カオスの性質である初期値に関する指数関数的鋭敏性を直接特徴づける指標です.しかし,リアプノフ指数は,力学系に関する情報が観測結果としての時系列データでしか得られない場合は,近似解法が存在するものの計算困難であることが知られています.

カオス尺度は,情報理論の観点から導入されたカオスを定量化する指標です[1].カオス尺度は時系列データから直接計算でき,リアプノフ指数と同等の評価を与えます.そのため,カオス尺度による時系列データのカオスの定量化が期待されています.

カオス尺度は,私の恩師である大矢雅則 東京理科大学名誉教授(故人)によって、ご自身が提唱された情報力学(例えば,[2]を参照)の枠組の中で導入されました.数理物理学者である恩師は,情報力学による量子カオスの特徴付けに関心があり,古典系と量子系を含む形でカオス尺度を定義しています.

私が本研究部会での活動を始めたのは,日本応用数学会2011年度年会からです.本研究部会での活動を通して,実験の観測データなどの時系列データのカオスの定量化ではリアプノフ指数の計算が困難であることを知り,カオス尺度がリアプノフ指数の代替となり得ることを本研究部会で発表してきました.

そうした地道な積み重ねの甲斐もあってか,本研究部会の中でも,カオス尺度がカオスを定量化する指標として認知されるようになり,レーザーカオスの時系列データの解析(本研究部会のメンバーとの共同研究)心拍変動のカオス性と心理状態の推定(本研究部会のメンバー等による独自研究)等の研究へとつながっていきました.

このような活動の中で,本研究部会では、リアプノフ指数とカオス尺度の関係性についてしばしば議論されてきました。なぜなら,カオス尺度がリアプノフ指数と同様のカオスの評価を与えることはわかっていましたが,解析的な評価は必ずしも十分ではなかったからです.

この議論に関する成果として,本研究部会のメンバーが日本応用数理学会2017年研究部会連合発表会優秀講演賞を受賞しています.また,この受賞が契機となり,本研究部会のメンバー等が,カオス尺度とリアプノフ指数との差について情報理論的な解釈を与えるとともに,その差分を差し引いた新たなカオス尺度(修正カオス尺度)を定義し,それがリアプノフ指数相当の値であることを示しました[3].

上記の成果は,1次元差分方程式系を対象としたものでしたが,最近,本研究部会のメンバー等との共同研究の成果として,修正カオス尺度の多次元拡張版(拡張型カオス尺度)の提案をしました[4].この提案では,多次元差分方程式系では,ある典型的なカオスの条件の下で,拡張型カオス尺度がリアプノフ指数の総和と一致するという性質を持つことを示しました.リアプノフ指数の総和が負となる散逸系では,数値計算的にもこの性質を満たすことを確認しています.現在は,リアプノフ指数の総和が0となる保存系に対して拡張型カオス尺度が同様の計算結果を示すかを調べています.

参考文献:

[1] M.Ohya, Complexities and their applications to characterization of chaos, Int. J. Theo. Phys., Vol.37, No.1, 495-505, 1998.

[2] 大矢 雅則(編著), 小嶋 泉(編著), 量子情報と進化の力学, 牧野書店, 1996.

[3] 真尾 朋行, 奥富 秀俊, 梅野 健, カオス尺度とリアプノフ指数の差の解釈に基づく修正カオス尺度の提案, 日本応用数理学会論文誌, Vol.29, No.4, 383-394, 2019.

[4] K.Inoue, T.Mao, H.Okutomi, K.Umeno, An extension of the entropic chaos degree and its positive effect, Japan J. Indust. Appl. Math, 2021, https://doi.org/10.1007/s13160-020-00453-9



いのうえ けい
山陽小野田市立山口東京理科大学
[Article: I2012A]
(Published Date: 2021/02/02)