JSIAM Online Magazine


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研究部会だより

研究部会「行列・固有値問題の解法とその応用」の活動状況

保國 惠一



「行列・固有値問題の解法とその応用」研究部会の目的は、行列や固有値に関する数理問題に対する解法やその実装などの研究者や、これらを実問題や他分野へ応用する研究者が交流することで新しい解決手法を見つけることである。こうした問題に対する線形代数的アプローチによる数値解法に関わる分野は数値線形代数とよばれ関心が高いが、必ずしもこうした数値解法に限るというわけではない。

代表的な行列問題には線形・非線形方程式、最小二乗問題等があり、固有値問題には行列および作用素の固有値計算等がある。行列計算は最適化問題や信号処理との相性が良いが、機械学習や人工知能における数理問題にも行列問題が多く現れる。2019年に当部会の当時主査だった相島健助氏により執筆いただいた前回の研究部会だよりでは、活性化していきたいテーマとして機械学習に関する話題が挙げられていた。

 

有償・無償に限らず既存のソフトウェアにより提供されている、基礎的な行列方程式や固有値問題に対するソルバーはすでに十分な性能を備え、ほぼ完成されたものと思われがちである。だが、既存のソルバーは特殊な条件では性能が発揮されなかったり、少し違う問題設定では適用できなくなったりする場面がある。また、こうしたソルバーには汎用性はあるものの、問題固有の性質や構造を生かした工夫を凝らすことで、性能を劇的に向上できることがある。さらに、既存のソルバーとて未解明な性質は沢山あり、性能には改善や解明の余地はまだあり、その振る舞い自体が数理的な研究対象にもなっている。その上、得られる数値解の精度保証といった話題もある。

問題の大規模化とともに精度の良い解をなるべく速く求める段階から、データのもつ不確実性からむやみに高精度な解を得ることは余計な手間を要し、低精度をある程度許容した上での高速化が必要となってきている。高性能計算(HPC)分野を筆頭に、単精度、半精度、および混合精度といった低精度演算を駆使し、実用に足る精度の求解を高速に実現する技術の開発が進められている。また、乱択特異値分解に代表されるような乱択アルゴリズムやprobabilistic numericsといった確率・統計的アプローチを駆使することで、線形計算による決定的アプローチだけでは解決し尽くせない多様な数理問題を解決できる可能性がある。さらに、量子計算機の根底にあり、近年発展を遂げる量子情報論や量子アルゴリズム、高い応用可能性をもつランダム行列に関する話題も、当部会は他分野と連携して新たな課題を模索し、貢献できるのではないか。当該分野にはまだまだ開拓していく余地に枚挙にいとまがなく、今後も革新的な提案が楽しみである。

 

当部会は、2004年の発足からそろそろ20年経とうとしている。当部会の主な活動は、年4回の研究会開催である。そのうち年2回開催されている単独研究会は、今年で第34回を迎える予定である。主な研究会活動は、電子情報通信学会の2研究会、情報処理学会の4研究会、およびcross-disciplinary workshop on computing Systems, Infrastructures, and programminG(xSIG)と共催する「並列/分散/協調処理に関するサマー・ワークショップ(Summer United Workshop on Parallel, Distributed and Cooperative Processing, SWoPP)」における単独研究会、日本応用数理学会年会におけるオーガナイズドセッション(OS)、単独研究会、および連合発表会におけるOSである。ちなみに、単独研究会はJSIAM Lettersの投稿条件を満たすようにして開催しているため、奮って講演頂ければ幸甚である。

当部会の特長として、OSには毎回多くの講演が集まることが挙げられるが、評価の高い講演も多い。当部会のOSにおける講演に近年贈られた賞には以下のものがある。

  • 第15回 若手優秀講演賞(2018年)廣田悠輔氏「実対称疎行列に対する効率的三重対角化アルゴリズム」
  • 第16回 若手優秀講演賞(2019年)立岡文理氏「行列実数乗の計算に対する数値積分法のための前処理について」
  • 研究部会連合発表会優秀講演賞(2019年)中務佑治氏「対称行列の近似固有ベクトルと一般行列特異ベクトルのシャープな誤差評価」
  • 第18回 若手優秀講演賞(2021年)佐藤寛之氏「リーマン多様体上の非線形共役勾配法の新たな枠組みと数値線形代数への応用」

また、企業・初学者若手研究者向けの三部会連携応用数理セミナーを「科学技術計算と数値解析」研究部会と「計算の品質」研究部会と連携して2009年から毎年開催している。依頼したセミナー講師から互いの分野の基礎から最先端の話題までを学び、同時に交流を深めている。前回の開催では、当部会から講師を依頼した成島康史氏(慶應義塾大学)には「大規模な無制約最適化問題に対する数値解法とその周辺」と題した講演を行っていただいた。セミナーのホームページ(HP) https://sites.google.com/view/jsiam-seminar-2021/ には、過去のセミナーのHPやJSIAM Online Magazine(JOM)の学術会合報告の記事がまとめられている。

こうした当部会の活動は、大学、研究所、および企業の研究者による幹事6名、運営委員28名、アドバイザリ委員4名により支えられている。幹事としては、私保國が主査、相原研輔氏(東京都市大学)、佐藤寛之氏(京都大学)、橋本悠香氏(日本電信電話)、廣田悠輔氏(福井大学)、および深谷猛氏(北海道大学)が務めている。

コロナ禍に伴い、2020–2021年度における当部会の研究会・OSはオンライン実施となった。しかしながら、以前に比べて参加者は増加したようである。開催運営側としては会場の手配・準備が不要となった一方、参加者側としては講演時間のみ確保できればよく、移動時間が削減できて参加・発表が容易になったようである。ただ、オンライン化当初には円滑な質疑応答や議論を行うことは難しいことが想定された。そこで、当部会ではチャットツールSlackを導入した。Slackでは、質疑応答の時間に終わらなかったり、講演後に気付いたりした議論を参加者にオープンに、必要であればクローズドに行うことができ、普段の情報交換にも利用可能である。これまでのところ問題もなく、有効に活用できている様子である。

 

当部会が関係する刊行物には、日本応用数理学会が監修するシリーズ応用数理の第6巻「数値線形代数の数理とHPC」があり、共立出版より2018年8月に発売されたが、2021年9月には電子版も発売された。線形計算の理論から計算機実装や並列化手法をカバーし、基礎から最新の研究成果がちりばめられている。洋書には題目にNumerical Linear Algebraを冠したものは散見されるものの、本書は和書としては初めて数値線形代数を謳うものとなっている。また、日本応用数理学会論文誌には、2018~2019年にかけて当部会の特集号が組まれ、6編の論文が掲載された。そのうち2編は以下の論文賞に選ばれた。

  • 2019年度 論文賞(理論部門)佐藤 寛之, 相原 研輔, グラスマン多様体上の商構造を用いたニュートン法, 2018年, 28巻, 4号, pp. 205–241.
  • 2021年度 論文賞(応用部門)白間 久瑠美, 工藤 周平, 山本 有作, 荻田・相島の固有ベクトル反復改良法に基づく実対称行列の固有値分解追跡手法, 2019年, 29巻, 1号, pp. 78–120.

 

当部会に興味がある方は、HP http://na.cs.tsukuba.ac.jp/mepa/ をご覧いただくとともに、当部会の活動や関連する会議等の案内を行っているメーリングリストに登録いただければ幸甚である。メーリングリストには、HPから登録可能であり、現在110名以上が登録されている。



もりくに けいいち
筑波大学
[Article: I2206A]
(Published Date: 2022/09/13)