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書評

中村佳正・高崎金久・辻本諭・尾角正人・井ノ口順一「可積分系の数理」(朝倉書店,2018)

礒島 伸



本書のまえがきには『本書は,(中略)20世紀後半を中心に大きく発展した「可積分系の数理」を記録しようと試みる.』とある.この試みにふさわしく,章立ては第1章「古典可積分系」,第2章「離散可積分系」,第3章「可解格子模型」,第4章「幾何学と可積分系」,第5章「応用可積分系」と,基本から始まって近年の発展まで扱われており,執筆者たちは各章の領域の発展に貢献してきた一流の研究者である.丁寧な解説が展開されるとともに各執筆者が精通する話題も盛り込まれ,読み応えのある内容に仕上がっている.各章の内容を,要点に絞って見てみよう.

第1章「古典可積分系」は,可積分系の基本とも言える内容である.まず,有限自由度の系を対象にしてリュービル可積分性をはじめとした基本概念が解説される.続いて代表的なソリトン方程式が紹介され,無限個の保存量が存在すること,その解釈として無限自由度のハミルトン系としての定式化が説明される.さらに話が広がり,無限個の独立変数と従属変数が導入されて,無限個の連立偏微分方程式系であるKP階層の理論が解説される.この無限次元系まで進むと,可積分系は解を具体的に書ける特殊な力学系というだけにとどまらず,豊かな数学が展開される世界であることがわかるだろう.

第2章は「離散可積分系」である.可積分系の離散化の研究では,単純に微分方程式の解を差分方程式の解で近似するだけではなく,可積分微分方程式の数理構造を保存する精神が重視されてきた.この章では,その精神がロジスティック方程式を題材として紹介された後,離散可積分系の基礎方程式といえる広田・三輪方程式から種々の離散可積分系や,連続極限により連続可積分系が得られる事実が解説される.後半では,半無限格子上の離散可積分系と直交多項式系の関係が説明され,また,箱玉系と超離散化の手法についても触れられる.可積分系には離散化を通して他分野との関連が発見・議論される事例が多数あり,後半の話題はその一例にもなっている.

第3章「可解格子模型」で扱われる可積分系の由来は,第1章の非線形波動とは異なり統計力学模型である.登場する概念も異なっており,分配関数を求めるのに便利な転送行列,その可換性の十分条件であるヤン-バクスター方程式,転送行列の固有値を求めるのに有効なベーテ仮説法などを駆使して,代表的な2次元可解格子模型の物理量が計算される.由来も道具も異なるのに,ソリトン現象を記述する箱玉系が共通して登場することは興味深い.

第4章「幾何学と可積分系」は,タイトル通り可積分系と微分幾何学が融合した可積分幾何の解説である.19世紀の微分幾何学には非線形可積分系の方程式が現れる.この章では,はじめに古典的な微分幾何学と可積分系の関係が解説される.そして2次元戸田格子方程式を題材に現代的な可積分幾何が解説される.締めくくりに,可積分系の中でも近年注目を集めている差分幾何と離散可積分系の関係が紹介される.コンピュータグラフィクスへの応用も含めた今後の発展が期待される話題である.

第5章の「応用可積分系」は執筆者の中村佳正先生が提唱された用語で,本文から引用すると「可積分系に理論的基盤をおき,可積分系のもつ記述力や機能性を,元来は可積分系とは無関係な「ビルトインされた線形性」をもつ問題の解析に広く適用しようという研究分野」である.この章では離散可積分系と直交多項式の関係が解説されたのち,行列の固有値や特異値の計算アルゴリズムへの応用が紹介される.こうして発見されたアルゴリズムが精度や高速性といった実用性・機能性も併せもっていることは大変興味深い.

本書に興味を持たれる方として,大学院生または,専門家ではないが自身の研究分野に関連のある可積分系の話を少し勉強してみようかと考えている方を想定させていただく.いざ,可積分系の理論を勉強しようとするとなかなか難しい.その理由の1つとして,可積分系では様々な技法が駆使されるため広範な前提知識が必要となるように感じてしまうことがあると思う.そのようなとき,本書は2つの点で薦めることができる.1つは,基本事項から解説が始まり,完全ではないとしてもある程度は歴史に沿った記述にまとめられていて,可積分系理論の発展を追体験しながら読める構成になっている点である.もう1つは,1冊で可積分系のいくつかの領域の概説を平行して読むことができ,共通点として「具体的に解を構成する」「背後に(双)線形系を伴うという数理構造に注目する」という基本精神が見えてきて見通しを持ちやすいという点である.なお,細部をフォローするには本書だけでは難しい部分もあるが,参考文献が豊富に紹介されているため,興味に応じて深めていくこともできる.専門家・非専門家問わず,可積分系理論の地図を与えてくれる本書をぜひお薦めしたい.



いそじま しん
法政大学
[Article: J2010B]
(Published Date: 2021/04/21)