JSIAM Online Magazine

学会ノート

加古孝さんの思い出

菊地 文雄



加古孝さんが亡くなられたと聞いて驚きを禁じえなかった.私の頭の中には活力あふれるお姿しか浮かばない.ただ,最近は小平賞での藤田宏先生のご講演でご一緒したくらいで,それ以外はお目にかかる機会がなかったので少々心配はしていた.それでも今年も年賀状はいただいたので安堵していたのだが.昔ならともかく,現今では早世とも言え,残念である.

加古さんと最初に出会ったのは,私が東大の宇宙航空研究所に勤務していた時,数学の雑誌を読むため,教養学部の基礎科学科の図書室に出向いた時だと思う.雑誌を探しているとき,加古さんが入ってこられて私に声をかけてくださった.当時,加古さんは基礎科学科の助手だったと思う.後に伺った話では,基礎科で牛島照夫先生に数値計算などの手ほどきを受けたそうだ.その後,埼玉大学に移られたが,本郷の数学教室で開催されていたNAセミナー(初代)でお目にかかる機会が増えた.さらに電気通信大学に移られてからは,牛島先生を中心とする数値解析研究会で中心的役割を占められ,私も参加していたので,直接お話しする機会もぐっと増えた.また,この間牛島先生が提案された数学者と物理学者による電磁流体力学の研究会でも大活躍をされた.これは核融合を念頭に置いたものであり,私は東大工学部原子力の出身なので,メンバーに加えていただいた.以上のような経緯もあるためか,加古さんは牛島先生との縁をよく口にしておられた.電通大では,研究,教育のみでなく運営でも手腕を発揮され学部長も務められた.応用数理学会での多大なご活躍については,ほかの方が触れると思うので省略する.

ここで加古さんの学問的御業績について私の知る範囲で少し述べさせていただく.まず思い浮かぶのはスペクトル問題の近似である.加古さんは加藤敏夫先生の著書なども勉強され,線形作用素とその近似を研究されていた.その際,具体的な近似法として有限要素法に着目され,私の著作なども読んで頂いたようである.特に先ほど述べた電磁流体力学問題の近似では,えられた知見を活用し研究会で精力的に成果を発表されていた.特に日本原子力研究所の核融合計算で見いだされたスペクトル汚染について数学的意味付けをされ,数学者と物理学者の橋渡しの役割を果たされた.また,ある時期,私は電磁場のスペクトル問題の有限要素法を研究していたが,加古さんのお話から近似作用素の離散コンパクト性の重要性に気づき,おかげでその証明をして論文にまとめることができた.また,そこに現れる電磁場問題の関数空間の性質について,最初は仮定していたものが,条件次第では成立することを加古さんが指摘され,ロシアの研究者の論文も紹介して下さった.私の論文の中でこの論文は引用数が多分1位か2位だと思うし,有限要素法の教科書でも時折参照されているので,加古さんには感謝するほかはない.ただ,生前お礼を述べることがあまりなかったのは申し訳ないと思っている.また,電磁場問題の有限要素近似の難点の一つがこのスペクトル汚染であることも指摘され,さらに混合型有限要素法などでもこの数理的現象が見られると教えていただいた.加古さんはスイスのロマンドに1年滞在し,そこでもスペクトル問題の近似について研究され,現地の研究者と交流された.

加古さんは東大駒場の基礎科のご出身で,そこでは数学以外に物理や化学なども学ばれたので,実現象にもご見識とご興味を持っておられた.その例として,人間の発声の数理モデルを開発し,学生さんとプログラムを作成し,PCのスピーカーで実際に母音などのデモをされた.こういう講演やデモは数学者の中にも興味をもつ方が見受けられ,数学,数理と実現象の対応を実感できて,私も聞いていて楽しかった.今一つの例としては,固体力学(構造力学)での運動方程式の代表的時間積分法であるニューマークのベータ―法に注目し,その安定性解析をされたことを挙げられよう.また,数値解析の参考書として,「数値計算」や「MATLABOctaveによる科学技術計算」(翻訳書)などがある.ほかにもいろいろご業績はあろうが,思い出せる範囲で挙げてみた.

加古さんとは学会やセミナーの折によく食事をした.特に東大数理で集中講義やセミナーをしていただいた後,レストランでワインのボトルを一本あけたのを憶えているが,かなりの酒豪だったと承っている.食事の際の人物評などは鋭く,私は大いに参考にした.また,研究上の話題でも花が咲いたが,彼のバックグラウンドは数学だけではなく,私の出身の工学にも興味を持たれていて,数学抜きの会話も楽しめた.また,スキーは多忙な大学,学会のスケジュールを工面して,毎年楽しんでおられた.

さようなら,加古さん.長い間お世話になりました.ご冥福をお祈りします.



きくち ふみお
東京大学名誉教授
[Article: K2103D]
(Published Date: 2021/06/09)